今回から、11巻です!

前回、ネウロに敗北したHAL。
彼は弥子の前に現れ、パスワードを解いた推理を聞き出そうとします。

弥子が語ったパスワード、刹那。
そこに込められた春川の思い、その過去とはー?!

感想です☆




忘却と再生~第89話 「1【ひとり】」





※以下、ネタバレあり※










◎あらすじ◎

HAL(ハル)の目的を、弥子(やこ)は初め壮大なものだと考えていた。
巨大兵器を乗っ取って、世界中の電子頭脳を乗っ取って、沢山の人たちを兵隊に洗脳して・・
何かすごい目的が無ければ、ここまでする必要はないだろうとー。

だが違った・・弥子は言う。
電人HALの目的は、他人から見れば余りにもくだらないささやかな願いだったのだー。

弥子は春川(はるかっわ)の講義映像を見て、印象に残った部分があった。
ー知能を創り出すということは、生物そのものを創り出すことに似る。
双方とも、0から創ることは至難の極みだー

その言葉を聞いた彼女は、以前からあった違和感に気付く。
それはHALが出した要求の内の1つー世界中のスパコンを奪うことの意味が分からなかったことだった。
スフィンクスを増やすだけなら、2、3台のスパコンがあれば足りるからだ。

だがこの講義を聞いたとき、弥子は思った。
至難の極み・・つまりスパコン1、2台では不可能なことー
それは誰かの脳を模写ではなく0から創ることで、それこそがHALの目的なのではないかーと。

その発想のヒントになったのは、篚口(ひぐち)だった。
本当に欲しい人を手に入れるためなら、時に人は躊躇なく犯罪を犯せる・・

そう思いついた弥子は、春川と縁のある人間を片っ端から探すことにした。
特に0になった人ーつまりはもう戻ってこない人を。

ーそして、彼女は春川が研究をする中で、人の死に関わったことに行きついた。
錯刃大学病院特別脳病科、治療施設にー。

それを聞いたHALは、大したものだ、と感心する。
研究室にあったその場所に関する記述は、春川の感情が強く出ていたので、彼は事前にゼミ生たちに処分させていたのだー。
弥子もうなづき、資料を見ただけではどの人に思い入れがあったのかは分からなかったと答える。

だがちょうどその時叶絵(かなえ)に会ったことで、彼女は資料の名前の中に、1と0で表せる数の単位が紛れていることに気付いた。
スラッシュを使い、最大21文字で、1と0の狭間でーそして何より、該当する彼女の症状が決め手だった・・。
弥子は、彼女の名前こそがパスワードだと気づいたのだ。

するとHALは言った。
彼女は言ってたよ。数学者の父親がつけた名前だ、とー


錯刃大学病院特別脳病科ー
そこは、脳に難病を持った者が集まる治療施設だった。
7年前、当時既に国内に並ぶ者のいない脳科学の権威だった春川は、治療と研究を依頼されてそこに来た。
そして出会ったのが、彼女だったー。

1/1000000000000000000・・刹那(せつな)か。
彼女の名前を見て、春川はすぐにその意味に気付いた。
すると刹那は嬉しそうに、やっぱり何でも知っているんですねーと笑った。

2人は互いに父親を介し、相手のことを聞いていた。
そして刹那は聡明だった。
物分かりがよく饒舌で、知識に富んでいる。
2人が親しくなるのに、時間はかからなかった。

彼女は肉体的にも問題はなく、健康だった。
ただ一点ー脳のほんの一部を除いては・・。

刹那は1日に数回、異常なほど攻撃的に豹変した。脳が体のコントロールを失うのだ。
脳細胞が徐々に破壊される原因不明の病気で、同じ症例は彼女以外発見されていない。
その原因と治療法を科学的に探すのが、春川の仕事だったー。

ー暴れた後、刹那は春川に見苦しい姿を謝った。
だが春川は気にするなと言い、原因は脳の異常であり、刹那自身の人間性が貶められることはないーとほほ笑んだ。

その言葉に、刹那は元気を取り戻す。
彼女の姿に春川も力をもらい、2人は互いに支え合いながら病棟で時を過ごしたのだった・・。


脳科学は、刹那のような特殊な症例の患者の協力で進歩してきた。
どんな未知の病気であろうが春川には治す自信があったし、彼女は貴重な実験体の1人に過ぎなかった。

だがー刹那との時間は、彼にとってかけがえのないものに変わっていった。
彼女の中には確かな知性と、確かな自分があるー。
そんな彼女と過ごす時間は、春川にとってたとえようもなく楽しいものだったのだ。

ある日、刹那はアブラゼミを捕まえて彼に話した。
アブラゼミは人生のほとんどを土中で過ごすのに、残り数日を自在に飛んで鳴くことができる。
それは遺伝子の中に、はっきりと刻まれた自分があるからだ。

決して自分を見失わない彼に、自分は共感を覚える・・と彼女は笑った。
自分がはっきりしてるものが、私は好き。
その笑顔に、春川も笑みを浮かべたものだったー。


ーけれどもあらゆる治療も効果を成さず、刹那の脳が正常な機能を保てる時間は1日の半分も無くなっていった・・。
それはつまり、脳の破壊が進んでいるということ。
そして彼女の自分が無くなっていくことを意味していた。

そんな中、2人はいつも通り他愛無い話に興じていた。
春川の語る論議に刹那は笑い、面白いと何度も口にした。
その姿をほほえましく春川が眺めていると、ふと刹那は言った。

ずっと聞いていたいくらいだけど、でももう無理。多分もうすぐ、私じゃない私が来るー

彼女は珍しく頭を抱え、ふさぎ込んだ様子だった。
最近ではもう知っているはずの知識が思い出せない。出るはずの言葉が出てこない。
なのに、私じゃない時間は増えていく・・。

壊れる・・自分が・・本城刹那(ほんじょうせつな)が無くなっていく・・。
そう言うと、刹那は春川の腕を取った。その手に、力がこもるー

教授、お願い。
私がこの先どんなに壊れても、今の私を忘れないで。
今ここであなたと話している、この一瞬の刹那を忘れないでー。

ーほどなくして、刹那は春川の顔の判別すらできなくなっていった・・。
そして彼の中に、ある思いが芽生えたのもこの頃だった。
彼女を0から創ることを欲するその気持ちが・・。




















春川と刹那。


今回はパスワードを解き明かす中で、春川の過去が明らかとなる回でした。


予想以上に切ない話で、読んでいて辛くなりました。
春川と刹那の物語・・まさか彼にこんな過去があったとは・・。


まずは弥子の謎解きから。
彼女が辿った道筋は非常に明快で、それでいて全ての経験を無駄にしない素晴らしいものでした。

友人の言葉や、篚口とぶつかった体験から導き出した答え・・
確かにこれは弥子だからこそ解けたものだ、と断言できますね。
ネウロにはどうしたって、無理だったでしょう。

犯罪の動機を大きなものだとこだわりすぎなかったのも、弥子の思考の柔軟さのお陰ですよね。
これだけの犯罪を犯した者の動機を考えたとき、人はどうしても壮大な目的を考えたくなります。

でもアヤに助言をもらい、動機は些細なものでも十分に動機になりうるーと気づいた彼女は、春川という人間そのものを知ろうと努力しました。
これ、頭が固かったら、できなかったことだと思います。

大枠に囚われず、個人をとことん理解しようとするー
これは、弥子の素晴らしい能力です。
今後もそのことを忘れず、それこそXと再戦するときにもこの思考で彼と向き合ってほしいと思います。

本当に彼女の成長が感じられる、素晴らしい展開でした。
弥子も世界を救ったといって、過言ではないでしょう!







さて、そして本題の春川と刹那の過去について。

刹那の病気は衝撃でしたね。
一体何が原因なのでしょうね。今までに症例もないって・・不可解すぎます。

どれだけ不安を感じながら、病と向き合ってきたのでしょう・・。
刹那の笑顔とラストの独白を見ていると、胸が締め付けられそうになりました。
既に亡くなっていると知っているから、尚更ですよね・・。

そんな彼女に真摯に向き合う春川も、また切ないです。
実験体から、次第にかけがえのない大切な人に変化していった刹那・・。
それと同時進行で彼女が彼女でなくなっていくのを見るのは、どんなに辛かったでしょうか。

刹那自身を見て好きになったのに、その彼女は日ごとに姿を消していく・・。
互いに互いの気持ちを知っていることも、苦しさに拍車をかけただろうと思います。

本当にラストの刹那の言葉は、悲しすぎました。
どれだけ怖くて、どれだけ苦しかっただろう・・。
自分が自分じゃなくなるなんて、想像もつきません。

死ぬよりも怖いんじゃないかなぁ。別の自分は生きていく・・なんて考えたら、たまりませんよ。

そして彼女を救えないと、春川は薄々気付き始めていたのでしょうね。
だからこそ、彼の中に新たな考えが芽生えてしまったのだと思います。

すなわち、刹那を0から創りだすことー
それは彼が彼女の死期が近いことを悟っていた証拠に他ならないでしょう。

きっと春川は刹那ともう一度幸せな時を過ごしたかっただけなのでしょうね。
そのためにあれだけの人間を巻き込んだことを思うと看過はできませんが、それでもその動機だけは痛いほど理解できます・・。

彼の計画は失敗に終わりましたが、最後に刹那にもう一度会えるといいですね。
HALが後悔なく消えられることを祈りたいな・・
そんな気持ちになったところで、今回は終わろうと思います。

 






さて、次回は春川と刹那の過去の続きですね。

刹那は恐らく近い内に亡くなるのでしょう。
そして春川は、電人HALを産み出すことを決めたー。

彼の動機の全てが明らかになるとき、弥子は彼に何と声をかけるのでしょうか。
そしてHALは・・思い残すことなく、消えていくことができるのでしょうか・・。

次回は涙が止まらなくなりそうな予感がしますね。

次回も楽しみです☆