前回、刹那の脳の病気と闘う内に、互いへの思いを募らせた春川と刹那。
しかし病は進行し、2人の幸せな時間を奪っていきました・・。

刹那とずっと一緒にいるため、彼女を0から創ることを欲した春川。
その後、彼らに何が起きたのでしょうかー。

感想です☆




忘却と再生~第90話 「0【ー】」





※以下、ネタバレあり※










◎あらすじ◎

刹那(せつな)の脳細胞は、ずたずたに破壊された・・。
ベッドで眠る彼女を見ながら、仲間の研究者たちはため息をつく。

もう脳死判定が出るのも、時間の問題だ。結局春川(はるかわ)にさえ、何の手も打つことができなかった・・。
この悪意の塊のような病気は、人為的なものではないなら一体何なのだー!!
彼らはそう話し合い、肩を落とした。

彼女の脳は、もう戻せない・・。


刹那の病室で、春川は1人彼女と向き合った。
望むことは何だって、この脳で叶えて来た。
不可能を知った彼の中には、かつてない屈辱と挫折でいっぱいだった・・。

末期の刹那は、凶行や暴言を一日中繰り返し、とても正視に堪えられるものではなかった。
彼女に外見だけでも本来の自分が戻ってきたのは、息が絶えてからだったー。

ー君が、遠い。
春川はもう言葉を発しないその口元に、顔を近づけた。
0と1、死と生、隣り合っているはずの両者の距離が、どうしてこんなにも遠いのだ・・。

CTスキャンによる脳の断面図、脳波測定で得られた脳電図。
こんなものは皆ただの壊れた物体の観察日記で、断じて刹那ではない。
君であってなるものかー!!

春川はその思いで、ある研究を始めた。
君を造ろう。
美化もせず風化もせず、1ビットたりとも違うことない君を造ろう。
そしてどんな手段を使ってでも、本当の君にもう一度会いに行こうー。


弥子(やこ)はその頃から、春川の研究は2つの分野に特化していったのが見られた、と話した。
HAL(ハル)はうなづき、脳科学とコンピュータサイエンス・・
全ては彼女をデジタル世界に構築するための研究だった、と答える。

新たな刹那を構築せよー
それが1と0をつなぐ存在、電人HALが作られた理由だったのだ。

でも出来るわけがない・・!!
弥子は叫ぶ。
いくら春川が自分の脳をコピーできたとしても、思い出だけを頼りに彼女を0から造り出すなんて無理だーと。

HALも馬鹿げた話だろう?と笑う。
でもそんな誰にでも分かる答えに、自分たちはどうしてもたどり着きたくなかったのだー
そう彼は語る。

だから私は、春川を殺害した。
本物の彼女を造るためには、何兆回シミュレーションを繰り返しても、何千台のスパコンを使っても、何百年かかっても、とても足りないからだー。

春川はあの日、とどめの一撃をよけなかった・・と彼は言った。
恐らく彼は自分の出した結論を理解していたのだろう。
生身の自分が生きている内には、決して刹那に会えないことをー。
そしてそれは、HALにしかできないことも・・。

弥子はその告白を聞いて、唇を噛みしめる。
傷つけられたプライドへの、恐ろしい執着。
それに隠された刹那への、深すぎる愛情。
そのためには何を犠牲にすることも迷わない・・彼女はHALを否定することができなくなっていた・・。

自分にだって生き返ってほしい人はいるし、国中を危険にさらしてでも守りたいと思う人がいるからー


その時、HALが動いた。
彼はパスワードを解いた弥子に敬意を表し、2つのメッセージを送った。

1つは電子ドラッグの正式なワクチン。
彼はこれをあらゆる媒体で発信すれば、3日後にはほぼ全ての兵隊の洗脳が解除されるだろうーと説明する。

そしてもう1つは・・
そう言って現れた画面を見て、弥子は息を呑んだ。
ー電人HAL、このプログラムを消去します。

HALは、自分の計画はもはや続行不可能だ、と語った。
あらゆるスパコンとの接続を絶たれた今、彼には望む計算結果は得られないのだ。

また、春川は彼に自己破壊の権利を与えていなかった。
最後の決定は人間が入力しなくてはならないのだーと彼は言う。
桂木弥子(かつらぎやこ)、君が私を消去したまえー

その言葉に、弥子は反論した。
電子ドラッグのワクチンを作って、解かれたくないはずのパスワードのヒントまで出して・・
つまりHALは計算を続けようとする自分を、誰かに止めてもらいたかったんでしょう?!
彼女は叫んだ。

だがHALは、そこまで読めるなら尚更分かっているだろう?と彼女に問う。
この計算を止めた時点で、HALの存在の意義は失われることを・・。

このまま生かされても、無意味な苦痛が続くだけだ!!
HALはそう怒鳴ると、弥子を急かした。
早くしないと、自分はまた計算を始めるぞ・・
彼の言葉に促され、弥子は震えながらパソコンに手を伸ばす・・。

そして・・彼女はついにそのキーを押した。
enter(決定)-
その瞬間、HALのデータはネットの中に消えていく・・。

私が0になっていく・・。
少しずつ体が削られていく感触を味わいながら、HALは笑った。
春川英輔(はるかわえいすけ)の最高の知能、積み上げた英知の結晶がどんどん失われてゆく・・。

刹那、君は今の私を見て、呆れ笑うだろう。
だが構わない、やるべきことはやったのだ。
君に会うために、あらゆる努力を惜しまなかった。
私に後悔はない・・

ーその時、彼は目を見張った。
自分以外の存在の気配を感じ、振り返った彼の瞳にー彼女が映ったのだ。

春川・・私は・・
彼は思う。
1の世界でも遠かった。1と0の狭間に来ても、遠かった。

どんなにさまよっても会えなかった君が、こんな近くにいるー!!

彼はすぐ側に刹那を感じ、その腕に抱かれるー

春川、私は満足だ・・
そう呟くと、彼は目を閉じー永遠に消えたー


ーその後、兵隊たちの片付けを終えたネウロが戻ってきた。
彼はパソコンの画面の前で涙に暮れる弥子の姿を見て、何をしているのだ、と声をかける。

奇妙なことだな。貴様は泣くのではなく、笑うべきだ。
今回の謎は素晴らしかった。
我が輩の腹を満たす重要な戦力になれたのだ。その栄誉を思えば涙など・・
そう語る彼の手を、弥子は無造作に払った。

分かんないよ、あんたなんかには・・!!
そう泣き叫ぶ彼女を見て、ネウロはそれ以上は言わなかった。
日付も変わった、帰るぞー

それだけ言うと、2人は空母を後にするのだった・・。




















HAL、消去ー。

今回は計画の失敗を認めたHALが、自身の消去を選ぶ回でした。


ついにHAL、消えてしまいましたね・・。
ラストの切なさに、涙が出てきました。

最後、刹那と出会えて本当に良かったと思います。
あの構図、神だった・・。


彼の悲しみは、当然だと思います。
確かにプライドの問題などもあったでしょう。
でもそれより何より、刹那を愛していたのだと思います。

だからこそ残りの人生も何もかもを捧げても、彼女を造り再び一緒に生きる道を模索したのでしょう。
弥子の言うように、その気持ちは痛いほど分かるし、気持ちに関しては責めることができません・・。

でも彼はその感情に、多くの人を巻き込んでしまった。
ゼミ生たちだって重傷ですし、彼らは手を汚してしまっています。
それら全てを彼は指示してきたのです・・。

これは到底許されることじゃありません。
その意味でも、今回の彼の消去は妥当なものだったと思います。
完全に消さない限り、彼はネットの世界に一生残ってしまいますからね・・。

それは彼自身も望まないところだったのでしょう。


でもそれをするのが弥子だというのが、何とも苦しいですね。
ただ、これはネウロじゃなく弥子でなくては絶対に駄目だと思います。

彼女はHALの気持ちが理解できる。
だからこそ、HALも彼女に最後を託したのです。

ネウロはライバルではありましたが、彼の目的はあくまで謎を喰うことだけ。
HALの動機が何かなんて、彼にはどうでもいいことなのです。

どちらに最後を任せたいかと言われたら、間違いなく弥子を皆選ぶでしょう。
優劣の問題ではなく、これはその人物の資質に関わる問題だと思います。
その点では、弥子はネウロに絶対に劣らないのです。

彼女には辛い経験でしたが、きっとこの経験を通して弥子は更に成長していくでしょう。
今回の物語は、本当に深い物語でしたね。
その深奥にたどり着いたのは、弥子のみ・・。
彼女に私も敬意を表したいと思います。


で、ネウロも、恐らく今回の弥子の活躍には感心していますよね。
 ラストの彼の日付が変わったという表現ー
とても素敵だな、と感じました。

あれは事件の終わりと同時に、弥子の日付が変わったことも示唆しているのですよね。
言葉選びが素晴らしすぎる・・。なんだか感動してしまいました。

これからも弥子の日付は変わり続けるのでしょうね。
その成長を、もっと見たいと思います。
悲しいラストでしたが、次が楽しみにもなるような良いラストでした。





さて、最後に春川と刹那について。

結局彼女の病気は、何が原因だったのでしょうね。
人為的なものではーというセリフ、個人的には少し引っかかりました。

脳細胞の変異ーこれ、私たち過去にも見てきましたよね。
そう、Xです。

Xはこんなに暴れたりはしていないけど、何だか似た症状だと思いませんか?
自分が自分でなくなるーこれ、私は偶然だとは思えませんでした。

もしかしたら刹那もXも、何か同じ病気に冒されている可能性があるのではないでしょうか。
それが人為的に作られたウイルスなのか先天性のものかは分かりませんが、人為的なものだとしたら、裏で手を引く人物がいそうな気もします。

個人的には、刹那の父親が怪しい気がします・・。
著名な数学者とのことでしたが、姿を見せなかったので。

ちょっと覚えておきたいな・・と思いました。


まだ分かりませんが、この辺はもしかしたら今後深堀される可能性があるのではないでしょうか。
刹那とXに、関連があるのかないのかー
気にしながら、次のXの登場も待ちたいです。



ただ、HAL編についてはこれで終わりでしょうね。
彼は0になって初めて、刹那と再会することができました。

そして満足して散っていった・・もう、彼は開放してあげていいのでは、と個人的には感じました。
悪事を働いた事実は変わりませんが、彼も十分に苦しんできました。
もう消えることを許してもいいかなーと思うのです。

人間に関しても、彼らはまた立ち上がれます。
世界が元通りの平穏に戻るのなら、操られた人たちの処遇も軽い罰で済ませてほしいですね。

篚口に関しても、笛吹の監視のもとで警察に戻れるといいな。
彼は弥子に認められたことで、もう悪の道にずれることはないと思うので・・。



長かった事件が、ついに終わります。
恐らく次回に後日談を描いて、本当の終わりでしょう。

こんなに長い事件はこの作品では今までなかったですが、本当に深く、色々なことを考えさせられる物語でした。
先見の明もすごかったし、ネウロと弥子の関係性の変化や、仲間たちの協力する姿など色々なシーンも詰め込まれていて、とても面白かったです。

悪役が好きな人のために犯罪を犯したという一見したらベタな展開も、ここまで感動する物語になるのかと・・。
本当に松井先生の底力も感じられました。

この物語に出会えて、本当に幸せだったと思います。
春川と刹那、0の世界で幸せに生きていけますように・・。
祈って、終わりにしたいと思います。











さて、次回はHAL編の終幕でしょう。

混乱した世界は、無事落ち着いたでしょうか。
個人的には篚口が警察に戻るのかどうかが気になるところです。

また弥子の心の傷も、少し心配ですね・・。
でも彼女なら、きっとまた前を向いて進んでくれると信じています。

次回も楽しみです☆








~追記~

今年の更新は、これでおしまいです。
今年もたくさんの方に訪問していただき、ありがとうございました。

4月から忙しくなってしまったため更新が難しい時期もありましたが、無事に1年目を迎えられたのは身に来てくださる方のおかげです。

これからもマイペースに更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様お体に気を付けて、新しい年をお迎えください。